家族をつなぐテレピー物語 父の日

父のことを異性だと明確に認識したのは、小学四年生の頃だった。それが思春期、反抗期の始まり。反抗と言っても、暴れ回ったわけではない。家庭内のディスコミュニケーション。伝えたいことがある場合、母を通じた。きちんと向き合うこともなく、大人になってしまい、今も、なんだかうまく目を見て話せない。決して嫌いではないし、話したいこともあるのに、どうやって話せばいいのか、父も娘も分からなくなってしまっていた。

私に子どもが生まれ、潮目が変わった。堅物だと思ってた父は、孫煩悩の目尻が下がったおじいちゃんになった。共通の愛でる対象が生まれ、父娘の間の壁を瞬く間に溶かしていった。子はかすがい、孫はかすがいだ。

父の日が近づき、私はテレピーを贈ることに決めた。まだ一日のほとんどをベビーベッドで寝て過ごす孫の姿を、テレピー越しに愛でてあげて欲しいと思った。こんな父の日セレクト、私たち父娘にとって大きな進歩、もはや進化である。

これまでは母と電話をした際に、電話の向こう側に父の気配を感じることがあっても話すことはほぼなかった。スマホの普及でビデオ通話が当たり前になっても、使用したことはない。顔を見せる以上に、今、自分がどこで何をしているのか、どんな部屋でどんな生活をしているのかなんて見せたくない。オンラインミーティングが当たり前になった今でも、プライベートで映像付きの遠隔コミュニケーションが出来る相手って、すごく限られていると思う。ましてや、テレピーは、通話の相手が勝手にこちら側のカメラの向きを変えることが出来るんだから、心許した相手としか無理だ。だから、テレピーをプレゼントするってことは、あなたのことを信頼しているよ、って言ってるようなものなのだ。父がそこまで行間読むかは知らないし、読まなくなっていいんだけど、私なりの父への愛情表現。

プレゼントしてから、父は度々テレピーで通話してくるようになった。日毎成長し、動く範囲も増えてきた孫の姿をテレピーで追いかけ、聞いたことのないような優しい声が漏れている。「最近は寝返りをよく打つよ」なんてエピソードを私が添える。孫だとか、テレピーだとか、緩衝材を挟まないと実現しない不器用な父娘のコミュニケーション。それでもいい、そう思った。

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